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2011年3月31日 (木)

薬剤師としての仕事。

地震当日の話。  
これは聞いた話ね。

 

地震当日は 薬局長休み、社長は仙台に行っていたんだって。
つまり、現場はトップ不在。
電気も消えてしまって、 暗闇の中での調剤だったらしい。  

 

で、すぐに病院ではトリアージが始まったので 薬局から薬を持って行って、 緑ブースと黄色ブースに付いて頑張っていたらしい。  

 

みんな自分達で考えて対応して、 みんな大人になった日なんだって。    

 

私が支援で着いたころには ひと段落して、 次の段階になっていたの。  

 

初めのうちは、 津波に飲まれた人や、地震で怪我した人たちがどんどん運ばれてきたけど、 それも段々減って来て、

私が行ったころは、 薬が津波で流されたり無くなった人たちがやってきた。

 

今回は、処方箋がなくても被災者は定期薬を確認出来るものを持ってくれば薬局で薬が出せることになった。

そうだよね、こんな時に病院探して受診して。。。

なんて悠長なこと言ってられないもんね。  

 

もちろん、保険証もお金も無く、 かかりつけの病院もやっているわけでもなく
手掛かりを何かしら掴んでやってくる患者さん達。  

 

薬自体や薬のカラ、薬の手帳や薬情を持ってくる人はいい。
すぐに対応できる。

問題は、何も持ってきていない人たち。
血圧の薬。。とか言われてもね。

 

ガソリンが無いから、知り合いに頼んで来る人もいたりしてね、
処方権があるわけではないので、何を出せばいいか分かっていても勝手に薬を出せない。

 

こんなとき、医者だったら。。。と思うよね。

医者が側にいれば、形式上指示してもらえるけど、

でも、今回は薬剤師の判断で薬が出せたからね。

 

仕方が無いので、色々相談して救急受診してもらったり。。。

あ、携帯で写真撮って送ってもらってそれで確認したことにして出したりもしたっけ。

 

とにかく、どうやったら薬を渡せるかを考えた。

 

そして、もちろん薬が無いものも多く、 患者さんが持ってきた基本ベースの処方をどう料理するか。。。

 

大きく逸脱はさせれないけど、こんな時なので同成分、同効薬、作用時間、などなど知識をフル稼働させ考えた。

 

それでも出せない薬もある。

 

それは、その処方の中で本当に必要かどうかを考え、場合によっては患者の申し出により削除と言う形を取らせてもらった。

 

欠品はどうしようもない。

納品できる確約は絶対に取れないし、
ガソリンが無いので配達は無理。
患者さんも、ガソリンが無いからまた来ては言えない。
届いたら電話も無理。
電話だって繋がりにくいんだもの。

ハルシオンが欠品になりそうなときは焦った。

ギリギリセーフ。 みんな眠れないんだね。  

 

子供に精神科の薬が処方された時は、ちょっと心が痛んだ。。。  

 
 

そんな状況で患者さん達は文句も言わず、じっと待ってくれていた。

 

待ち時間2時間ってね。

酷いよね。

 

調剤も、薬袋も分包紙もないから、いつものように安全に丁寧に作ってあげれない。
パソコンで入力する余裕もないし、

紙もインクも無いから無駄に出力できない。

だから薬袋も支援物資のバラバラの物。

紙がもったいないから最小限の袋を使用。

分包紙も足りないから、薬の半錠とかは まとめて目薬に付いているユニパックに入れて渡した。

1包化は無理。

それでも数人絶対無理だからって作ったけど。

 
 

あの、初めの頃の患者さん達は、無事に薬を飲めただろうか。

私達も渡すことで精いっぱい、患者さんも精一杯。お互い精一杯。

次の日に、やっぱり無理って来た人もいたけど。  

 
 

こんなに薬剤師は必要なんだと思ったことは無い。

医者にかからなくても、薬を渡せる状況を作った国はえらい。

そうじゃなかったら、医者も病院も無い中で、患者さん達は不安が増していただろう。  

 

とにかく、手探りでやっていくしかなかった。

 

今思うと、副作用とかアレルギーとか大丈夫だっただろうか。。。

全部会計無しでやっていたけど、保険請求出来るのだろうか。。。  

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